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正義の戦争と不正義の平和

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 「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。いわゆる正義の
戦争よりも不正義の平和の方がいい」
これは井伏鱒二が広島の原爆を題材にした『黒い雨』(新潮文庫)という作品の中に書
かれている言葉です。「正義の戦争より、不正義の平和の方がいい」重い言葉です。
この言葉の中にある深い意味と深い哀しみを理解している政治家は、日本にいったい
何人いるのでしょうか。井伏鱒二がどうしてこの言葉を書いたのか。ぜひ『黒い雨』
を読んで、みなさんなりに解釈してください。ここでは私なりの思いを書いてみます。

 イラクのサダム・フセインによる化学兵器の開発や国民に対する弾圧に対して、ア
メリカを中心とするいくつかの国は、中東地域の安定と世界の平和のため、イラク国
民のために、イラクとの間で戦争をしました。正義の戦争だと、日本の多くの人たち
もそれを信じました。サダム・フセイン政権は壊滅し、フセインは殺されました。確
かに、彼は圧政者でした。国民を力で支配し、多くの反対派の人たちを殺しました。
本当なら、これでイラクは平和な民主主義国家になるはずだった。でも、かえって国
家自体が混乱状態となり、その中でイスラム原理主義のイスラム国(IS)が台頭し、さ
らなる戦争になりました。そして、多くの国民と子どもたちの命が失われました。こ
れは歴史的事実です。
 私はイラクから日本にきたある家族と親しくしています。この家族の主はイラク大
学で教えていました。彼は私にいいました。
「サダムは間違っていた。彼と彼の一族は、イラクを民主主義ではなく、恐怖で支配
した。あの時代、私もいつも秘密警察に怯え、大学の授業でも学生たちに心からの真
実を語ることはできなかった。サダムは多くの反体制派の人たちを殺した。その中に
は私の親友もいる。
でも、君も知っていると思うが、サダム政権が崩壊し処刑されたあと、私の国イラク
はどうなった。国家は分裂し、混乱が続く中でISが台頭し、多くの罪もない人たちが
殺された。また、ISに対する戦闘で、罪もない人たちや子どもたちが命を奪われた。
私はアメリカを中心とする軍が、サダム政権を倒すためにイラクと戦闘を始めた時、
じつはうれしかった、これでイラクが本当の民主主義国家になると。
しかし、今は間違っていたと恥じている。圧政の中でも弾圧の中でも、時間がかかろ
うが失う命があろうが、私たちイラク人の手で民主主義国家を創らなくてはならなかっ
たと。そうすれば、こんなに多くの命を失わなくてすんだ」
 彼のこの言葉を聞いた時、私は冒頭の「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早
く済みさえすればいい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい」という
この言葉を思い出し、その背景を彼に話しました。聞き終えた彼は「この言葉を学生
たちに話したかった」そう答えました。
 
私たちの国日本は、かつて欧米諸国の植民地として支配されているアジア各国を開放
し、アジア全体でともに支え合い助け合うという「大東亜共栄圏構想」を正義として、
第2次世界大戦に参戦しました。本当は欧米諸国のように、アジア各地に直接支配する
植民地を持ちたかったからかもしれませんが。
結果として、アジア諸国は植民地からの独立を手にしましたが、それら諸国では多く
の命が失われました。日本は敗れただけでなく、主要都市は非人道的な空襲によって
壊滅し、広島と長崎には原子力爆弾を投下されました。そして、多くの国民の命が失
われました。

 近年、北朝鮮は金正恩朝鮮労働党委員長の独裁の下、核兵器の開発・実験、長距離
弾道ミサイルの開発・発射実験等で、韓国、日本、そしてアメリカを恫喝しています。
そんな中、北朝鮮国内では政権幹部の粛正も続き、国民の生活は疲弊し、多くの人た
ちが苦しんでいます。北朝鮮が非人道的な国であることは、日本から拉致した人たち
を返すことすらしない行状でも明らかです。国際社会は、その事実を認めています。
 その一方で、金正恩氏と北朝鮮の政権幹部は、イラクのフセイン政権やリビアのカ
ダフィー政権が倒され、彼らが命を失ったのは、アメリカを直接攻撃することができ
る核弾頭を搭載した長距離弾道ミサイルを持っていなかったからだと考えています。
これさえ持っていれば、アメリカは国民の命を守るために妥協して、現政権の存続を
保証するだろうと考えています。そうである以上、北朝鮮はその完成まで一切の妥協
はしないでしょう。これに対して、アメリカや国際社会は、それを容認することは決
してできません。どのような規模になるにしても、戦争は始まるでしょう。
 北朝鮮の金正恩政権を倒し、新たなる民主主義の国家を創ること。あるいは理想的
ですが、南北朝鮮が韓国主導の下統一国家になることは、正義といえるでしょう。
でも、もしも、アメリカの攻撃で戦争が始まれば、北朝鮮、韓国はもとより日本でも、
多くの人たちの命が奪われます。その数を数百万人とする専門家もいます。
正義のための戦争で失われる命のほうが、不正義の平和の中で奪われる命の数より、
はるかに多いのです。
しかも、戦争で命を失うのは北朝鮮でも韓国でも日本でも、そのほとんどが普通の国
民であり、その子どもたちなのです。正義を声高に語る国会議員や官僚、また大企業
の幹部の何人が、先頭に立って自らの命を懸け、国民のために血を流すでしょうか。
 この地域での戦争の足音が近づいてきている今、私たちは「いわゆる正義の戦争よ
りも不正義の平和の方がいい」という、この言葉の意味と重さを深く考える必要があ
ります。

「少数異見」日本評論社より

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