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夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > いじめ問題について---すべての教育関係者に

いじめ問題について---すべての教育関係者に

2015年8月12日

いじめで苦しむ子どもたちからの相談が、加速度的に増えています。
その背景には、文部科学省や教育委員会、学校の、いじめについての認識の間違いがあります。それをここにまとめてみます。ぜひ、全ての教育関係者は、参考にしてください。

2013年6月、国会で、「いじめ防止対策推進法」が制定されました。確かに、国をあげて、いじめ問題の根絶に当たろうとした姿勢は、高く評価できますが、内容的には、不十分なものです。たとえば、いじめの定義です。法律では、「この法律において「いじめ」とは、児童生徒等が特定の児童生徒等を心理的又は物理的に攻撃する行為(作為であるか不作為であるかを問わないものとし、インターネットの利用その他直接に対面しない方法により行われるものを含む)であって、当該 児童生徒等に心身の苦痛又は財産上の損失を与えるものと認められるものをいう」と、いじめが定義されています。しかし、これは、おかしい。だれかを、「死ね」とか「学校に来るな」と脅す行為は、間違いなく人権侵害ですし、だれかを殴ったり、傷つけたりする行為は、刑法上の暴行、傷害罪に当たる犯罪です。人権侵害については、法務省の人権擁護局が動き、当然加害者に対して法的措置を執りますし、暴行、傷害罪については警察が捜査し、裁判所で裁かれます。
 みなさん、普通に道で歩いている人に、「死ね」といったらどうなりますか。その人を、殴ったり、傷つけたり、あるいは、お金を奪ったりしたら・・・。当然、警察沙汰です。加害者は、犯人として法の下で裁かれます。しかし、学校の中で、生徒が他の生徒に対してこのような行為をしたときは、そうはならない。「いじめ」ということばの元で、閉じられた学校の中で処分を受けることになる。これは、おかしいとはおもいませんか。たとえ学校であっても、この国の中にある以上、この国の法律の下にあります。法律に従う義務があります。学校を聖域化して、文部科学省や教育委員会以外の、法務省や警察、裁判所の介入を避けたいという事なのでしょうが、私には、この考え方が、いじめ問題の解決を遅らせていると考えています。
 私は、学校におけるいじめについて、「学校において、意図的に、ある児童・生徒に対して、精神的苦痛を与えること」と定義しています。具体的には、無視や悪口、陰口などです。これらの行為には、倫理的・道徳的な問題は、存在しますが、ほとんどの場合、法的な問題は、存在しません。法律は、人を嫌うことを禁止していませんし、人の悪口を言うことも、よほどその人の名誉に関わるような嘘を言うことでなければ、禁じていません。まさに、このいじめこそが、また、このいじめだけが、学校において、必ず解決されなくてはならないものだと考えています。
 いずれにしても、文部科学省や教育委員会、学校が、すみやかに法務省や警察、厚生労働省などの他の機関と連携をし、いじめの各ケースについて、その協力を得ていくことなしに、この哀しいいじめを、日本からなくすことはできないと確信しています。

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