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夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 私には、わかりません

私には、わかりません

2013年6月19日

今夜も、たくさんの死にたいの相談が続いています。
「親から、虐待されていた。死にたい」、「虐めから引きこもりになった。もう死にたい」、「明日が見えない。死にたい」たくさんの相談です。私に、こう書いてくる、言ってくる人たちの苦しみ、つらいと思います。でも、本当に死にたいのでしょうか。本当は、「生きたい。助けて」ではないのでしょうか。こころが、重く沈みます。哀しみで潰れそうになります。
今、この国がおかしい。憲法改正。たくさんの人や政治家がそれを言っています。でも、現在の日本国憲法が何か、今の私たちに悪いことをしましたか。この憲法があるからこそ、今の日本の繁栄があるのではないでしょうか。どこに、問題があり、それがどのように私たち国民に不利益や哀しみをもたらしているのかは、だれも語りません。あの戦争で、家族を亡くし、哀しみの中で、それでもこの国の今を作ってくれた人たちが、大事に守り続けてきた憲法を変えるのなら、きちんと説明すべきです。
教育でも、経済政策でも、高齢者対策でも、子どもたちへの補助の問題でも、まずは、今ここにある一つひとつの問題をどう解決するかが問題なのに、大きく体制や形態を変えることから入ろうとする。何か違和感を覚えます。その大きな変革がなされるまでに、どれだけの人が苦しみから抜け出ることができず、潰れていくのか。そこをわかっていません。
たしかに、社会は、大きな歯車です。でも、その根底は、一人ひとりの今を必死に生きている人たちの集合体です。私は、たかが教員。でも、されど教員。その一人ひとりに寄りそうことしかできません。でも、それが人間の分だと考えています。
大きな事を語ることはかっこいい。でも、それが、何なのでしょうか。私は、たかが「夜回り」をただひたすら二十二年続けることしかできませんでした。たくさんの偉い人から、政治家からお褒めのことばは頂きました。でも、だれも・・・。別に彼らを責めているわけでもありません。大阪市長の橋下さんが、昨年私を批判したときも、別に彼を責めようとは思いませんでした。ただ、哀しい人だなと感じただけです。人には人の分があります。彼は、この国を動かす人で、私は、ただ夜の世界の子どもたちに寄りそう人。それが、お互いの分なのでしょう。
でも、私は、この二十二年間の夜回りと、八年間の子どもたちの相談への対応で、二十六万人の子どもたちと共に生き、彼らの多くが昼の世界に戻り、明日を笑顔でつくろうとしています。一人の人間が、ていねいに一人の人間と日々向き合うことでも、継続の中でこれだけ多くの人と関わることができます。
社会が大きくなりすぎたのかもしれません。でも、所詮は、一人ひとりの人間関係がすべての基礎となっています。一人ひとりを大切にできない社会に明日はありません。
今夜は、これから夜の町に出ます。あまりに続く「死にたい」の相談で、こころが傷んでいます。夜の町の子どもたちを一人でも多く家に帰してきます。すこしだけ笑顔にして。

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