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夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 自民党武藤衆議院議員の発言について

自民党武藤衆議院議員の発言について

2015年8月 4日

自民党の武藤衆議院議員が、ツイッターで、十代二十代の若者たちのグループが、現在国会で審議されている安全保障関連法案に、反戦平和主義の立場から、反対運動を繰り広げていることに対して、国家の存続や平和に対する「利己主義的態度」だとして、批判しました。これは、完全に武藤衆議院議員が、間違っています。本当の「利己主義的態度」を取る若者は、デモもしなければ、声をあげて反対を表明することもしません。ただ、知らんぷりをし、現在の享楽に身をゆだねます。彼らは、この国の明日を真剣に考えているすばらしい愛国青年たちです。武藤衆議院議員が、本当にこころある議員であるなら、ツィッターでこのように無造作に侮蔑のことばを投げ捨てるのではなく、彼らのところに出向き、彼らの意見をきちんと聞き、また自分の意見もきちんと話すべきです。哀しい人です。

ちょうど4年前です。私が父のように慕う日本を代表する俳優のご夫婦と、若手の自民党の議員の方々と会食していました。話題が、尖閣列島に於ける中国船舶の不法侵入の話になったときに、一人の議員が、「法律を改正し、自衛隊を送り、武力を持ってしても、中国船舶を追い返し、国土を守らなくてはいけない。これでは、日本の名誉が損なわれる」と一言言ったときです。彼は、「君が、行くのかね。もし、そこで、一発でも銃弾が飛べば、戦争が始まる。そして、自衛官の命が失われる。それでもいいのかね。君に聞きたい。君たち国会議員が、守るのは、国家の名誉なのか、それとも、国民一人ひとりのいのちなのか。君は、何もわかっていないようだ。私は、あの戦争を体験している。どんなことがあっても、二度と戦争はしてはいけない。名誉なんてものは、一度失っても取り戻すことは出来る。でも、いのちは一度失われたら二度と取り戻すことが出来ない。帰れ」この議員は怒って帰りました。彼の名は、菅原文太さんです。
国があって国民があるのではなく、国民があって、はじめて国がある。今、この発想が多くの国会議員のあたまの中から消えているようです。これを文太さんは、教えてくれました。戦後70年、私たちの国日本は、一発の銃弾を他の国の人に撃つことなく、また国民が、ただの一人も戦争によっていのちを奪われることなく、現平和憲法の下で現在の繁栄を築いてきました。その事実が今や忘れ去られようとしています。それでも、国際情勢の変化や他の国からの要請の中で、自衛隊を設立し、また憲法との法的安定性を保ちながら「PKO」にも協力してきました。それが、今大きく揺らいでいます。そのような動きに対して、必死に声をあげた若者たちこそ、今最もこの国の明日と世界平和を深く熟慮しているすばらしい若者たちです。それを「戦争に行くのがいやだから」などと、「利己主義」と切り捨てる。これは、かつての戦前の軍国主義の再来を感じます。
今は亡き菅原文太さんにかわり、武藤議員および、すべての国会議員に聞きたい。「あなた方が、守らなくてはならないのは、国ですか。国民のいのちですか」

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