公式HP ブログトップ プロフィール 講演会申込み 著作 お問い合わせ

夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 今日、一人の少年の裁判が始まりました

今日、一人の少年の裁判が始まりました

2016年2月 2日

川崎で、一人の中学一年生が、三人の少年によって命を奪われてから、一年の月日が流れようとしています。
今日、その主犯とされる少年の裁判が始まりました。残酷な事実が次々と明らかになっていきます。そんな今日、ここに、私が、かつて読売新聞に書いた原稿を、あえて載せます。

「無知の涙」  永山 則夫

水谷 修

 子どもたち、青春時代というのは、激動の時代です。明日への希望と不安にさいなまれ、苦しみもだえる。私もそうでした。大きな希望、でも自分の限られた能力、恵まれない環境。あるものは、勝ち残り、輝かしい明日を作っていくでしょう。またあるものは、疲れ果て、ただ日々を生きることを繰り返していくでしょう。あるものは、ふてくされ、そして次の日々を恨みとねたみで汚しながら生きていくでしょう。また、あるものは、夢に破れこころを閉ざし、自分の殻に閉じこもり、明日に今日と同じ今を積み重ねて生きていくでしょう。哀しいけれど、あるものは、自らいのちを絶っていきます。何が、正しい生き方なのかは、私にはわかりません。子どもたち、君の人生は、君だけのものであり、それをどう生きるのかは、君自身が自己責任で決めなくてはならないのです。
 子どもたち、私も青春時代、もだえ苦しみました。この国を社会主義の国にすることで、貧しさに苦しむ人をなくそうと、私は、中学時代から、学生運動の中に身を置きました。でも、それは、崩壊。何人もの仲間が、自殺を。そんな中、私は、捨て鉢になっていました。もうどうでもいい。今日だけが楽しければ。夜の世界に入りました。そんな私に、生きることの意味と生き方を教えてくれたのが、この本でした。
 永山則夫という一人の青年がいました。彼は、五歳で親に捨てられ、北の果て網走で、極貧の生活を送ります。中学時代は、家出を繰り返し、ほとんど知識を学ぶことはありませんでした。中学卒業後は、東京に集団就職。文字を書くことさえ困難な彼は、いろいろな仕事を転々と。そして、19歳の時、拳銃で、顔見知りでもない、何の関係も恨みもない人を四人射殺します。そして、逮捕、死刑の判決が下されます。明日のない、ただ死刑を待つ獄中で、彼は、字を学び、ひたすら本を読み、そして思索し続けます。その彼の思索のノートが、この本です。いつ下されるかわからない死刑の執行、たった一人で毎日を過ごす独房。そんな限界状況の中で、彼は、学び、叫びます。もし、自分が無知でなかったならと。でも、過去を恨み、ぐれることなく、ただ、学び、二十九年間叫び続けます。
 子どもたち、彼は、まさに一生を青春として生きた人です。苦しいから、つらいから、悩んでいるからこそ、ただ、ひたすら学び続けることの大切さを、自ら私たちに伝えてくれました。私もまた、彼の後を追い、一生を青春として生きています。学び続けて。
 1997年8月1日、永山則夫は、処刑されました。享年四十八歳でした。(読売新聞夕刊掲載}

お問い合わせ