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夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 障がい児「カルテ」の報道について

障がい児「カルテ」の報道について

2016年5月15日

今、ネットニュースに、信じられない記事がアップされました。以下です

障害のある子どもを小学校から高校まで一貫して支援し、進学や就労につなげるため、文部科学省は進学先にも引き継げる「個別カルテ(仮称)」を作るよう、各校に義務づける方針を固めた。通常学級に通う比較的軽い障害や発達障害の子どもも対象で、2020年度以降に導入する。(朝日新聞デジタル)

文部科学省は、一体何を考えているのでしょう。確かに、教育の利便性や継続的指導のために、子どもの情報をカルテ化して残して、それを、小中高と引き継いでいくことは、とても有用なことだということは理解できます。医療の世界で、医師の作るカルテが、今や医療機関の中で共有されることによって、飛躍的に治療の成果が上がったことは、いまさら説明する必要もないでしょう。しかし、病気と障がいは、全く違います。通常学級に通う軽い障がいと呼ばれている子どもたちの中には、数多く、何がこの子の障がいなんだろうと首をかしげるケースも多々あります。ただ、クラスとなじめず、自由な活動を授業中するからという理由で個別支援学級に送られる子どもたちも数多くいます。また、発達障害については、その定義にもまだまだ不確定な要素があり、しかも、医師や教員たちのこの障害に対する認識や認知もきちっとしたかたちで確定していません。
医療の世界における病気についてのカルテは、客観的な根拠があり、どの医師が判断してもまずは、ぶれることはないでしょう。しかし、軽い障がいや発達障がいについて、きちんと普遍的に判断できる医師や、ましてや、教員はいるのでしょうか。
いまだに、障がいを持つ子どもたちや大人に対する社会の差別は存在します。私が、35年前に高校教員となった頃は、車いすの生徒の受験に対して、障害者用のトイレの設置がない、エレベーターがないという理由をつけて、その子どもの受験を拒否したことすらありました。今は、そんなことはありませんが。しかし、軽い障がいや発達障害の子どもたちが、高校受験するときに、かつての車いすの子どもたちに対してあったような差別が、完全に存在しないという体制はすでに、日本中の公立・私立高校で共有されているのでしょうか。私には、そうは思えません。しかも、その子どもたちの一生を左右するかもしれない、障がいがあるのかないのかを、誰が客観的に判断できるのでしょうか。
これは、文部科学省による、大変な差別案件だと私は考えています。ただ単に、指導の利便性のために、このような「カルテ」を、素人の教員に作らせる。これは、問題です。どうしても、「カルテ」が必要ならば、各学校に専門家と医師を常駐させ、彼らに責任を持って作らせることです。
私の仲間たち、先生方にお願いです。子どもたちの一生に関わるこの「カルテ」、書かないでください。こんなものがなくても、必要な児童生徒に対しては、次の学校が決まったときに、口頭で引き継ぐことは出来ますし、今までもそうして、子どもたちを守ってきたはずです。

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