公式HP ブログトップ プロフィール 講演会申込み 著作 お問い合わせ

夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 栃木県那須茶臼岳高校生雪崩遭難事件について

栃木県那須茶臼岳高校生雪崩遭難事件について

2017年3月31日

私は、10代終わりにヨーロッパに留学しました。その時見たヨーロッパアルプスの美しさに惹かれ、登山を本格的に学びました。ヨーロッパでは、夏期のマッターホルン、夏期・冬期のダッハシュタインを登頂しました。特に、オーストリアのゴーザウにあるダッハシュタインは、私にとって青春のシンボル、聖なる山で、その後何度も登頂しています。20代に日本に戻ってからは、山岳会に所属し、20代は岩壁登攀を、30代からは単独山行をしていました。また、私の母校上智大学の山小屋が八ヶ岳にあり、その管理を手伝っていたことから、八ヶ岳は、夏期、冬期とも数え切れないぐらい登りました。厳冬期の赤岳、阿弥陀岳、硫黄岳、天狗岳、横岳、夏期もですが、そんな中、八ヶ岳の山小屋の主人たちと親しくなり、山岳ガイドの資格を取り、勤めていた高校の夏休みや冬休み、春休みは、八ヶ岳に常駐し、ガイドや遭難救助の手伝いをしていました。
1980年には、神奈川県の逗子開成高校の生徒と教員5名が、北アルプス唐松岳八方尾根で遭難しました。この生徒の中に、私の勤める横浜市の高校の仲間の息子さんがいたため、そのご遺体捜索には、私の当時参加していた山岳会の仲間と共に、何度も参加しました。この事件は、冬山の山岳経験のほとんどない未熟な教員が、生徒を引率し、八方尾根第三ケルンにベースキャンプを設置したあと、悪天候にもかかわらず、簡易テントや食料、燃料などの装備も身につけぬまま唐松岳を目指し、帰路道を見失い、岳沢側に降りてしまい遭難したという哀しい事件でした。最後のご遺体の発見までは長い月日を要しました。
八ヶ岳では、赤岳側、中岳コル付近での、高校生たちの集団滑落事件においても、尾根下でのご遺体回収に参加しました。アイゼンでの歩行やピッケルでの滑落停止になれない高校生たちを二班に分け、二列で、しかもほぼ並列で登っていたため、上部の生徒が滑落した際、下部の生徒の列のザイルを横切り、全員が滑落し死亡しました。登山のプロの目から見れば、あってはならない事故でした。
また、哀しいこともたくさんありました。私のザイルパートナーは、静岡県三つ峠で登攀訓練中、70メートル墜落し、亡くなりました。優秀なクライマーで、その年には、ヒマラヤ遠征を計画していましたが、ザイルで安全確保しないまま岩を下り墜ちました。防がなくてはいけない事故でした。私の山の恩師、私に登山のすべてを教えてくれた、日本でも有名や登山家は、仲間たちと4人で、黒部の下廊下で、ダムの放水によって流され、死亡しました。無許可登山でした。
私が、ここに長々と自分の登山の歴史を書いたのには理由があります。ほぼすべての山岳遭難は、防ぐことができたし、防がなくてはならないものだということを、多くのみなさんに知って欲しいからです。すべての山岳遭難には、遭難に至ってしまった理由があります。
今回の栃木県の事件では、まず一点。なぜ、最も山岳登山経験最も豊かだった指導教員が、現場にいず、近くの旅館にいたのか。山に安全な山は存在しません。いつも何らかの危険と隣り合わせています。だからこそ、最も山を知っている指導者は、現場で生徒たちを守らなくはならなかった。二点目は、ラッセルの訓練ならば、樹林帯の中で行えば、それで十分だった。樹林帯を出て、30度以上の平場の斜面下に出れば、この時期、降雪のあとは、いつ雪崩がおきても不思議はないほど危険ですし、その斜面を歩くこと自体が、雪崩を誘発する危険があることは、登山家にとって常識です。三点目は、なぜ山岳ガイドや地元の山岳会の人に指導を依頼しなかったのか。長野県の多くの中学校では、中学二年生を3000メートル級の山に、7月の終わりに登山させます。これは、長野県の伝統です。その際には、複数のガイドが、その登山の手伝いをします。私も、八ヶ岳天狗岳の中学生たちの登山ガイドを数え切れないぐらい手伝いました。夏山ですら生徒を山に連れて行くときは、これだけの細心の注意を払います。ましては冬山では。四点目は、指導した教員たちが、どれだけの山行実績、つまり登山経験があったかです。これについては、高校と教育委員会で速やかに調査、発表すべきです。どう見ても、今回のラッセル訓練の行った場所が、登山家の目から見たらおかしい。本当の新人、高校一年生を連れているのだから、下部のゲレンデ内で行っても十分だったはずです。五点目は、雪崩に遭遇した際に、「しゃがめ」としう指示があったということです。雪崩が起きたら、すぐに荷物を捨て、横か下部に一できるだけ逃げる。それが鉄則です。しゃがめば、そのまま雪崩の下敷きとなり、圧死してしまいます。
いずれにしても、今回の遭難は、事故ではなく事件です。
思い出せば、私が徹底的に山に登っていた30年前でも、神奈川県の高校山岳部の指導者で、名登山家と呼ばれるほどの経験や技術を持っている教員はほぼいませんでした。それだけの技術を持っている現役の教員は、山岳部の指導をするより、山岳会に所属し、遠征や岩壁への挑戦をしていました。
亡くなった生徒たちのためにも、一日も早く事実関係が明らかになることを望みます。

お問い合わせ