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夜回り先生は、今!(水谷修ブログ)日記 > 思索しています

思索しています

2018年3月17日

二冊の本を書き上げ、講演会も今月は少なく、今週末までは、3月のはじめからのんびりと思索する日々を過ごしています。
そのテーマは、「分相応」です。
百人の人がいれば、百通りの人生があり、百の幸せがあります。これが、今、情報の過多によって画一化されつつある私たちの中で忘れられています。言い換えれば、多くの人たちの価値観が共有され、幸せについても、何か有名になることや地位を得ること、お金をたくさん持つことが、あたかも人にとって普遍の幸せのように考えられています。そして、当然、ほとんどの人は、それを得ることができませんから、多くの人を不幸にしています。
私は貧しい少年期を過ごしました。両親を失い祖父母と東北の寒村で暮らす日々。腹一杯食べることもできず、雪の舞い込むあばら屋での生活。でも、不幸せではありませんでした。私を大切にしてくれた祖父母。その愛の中で幸せでした。
高校の教員時代も、どうしても本音でしか生きることが出来ず、管理職や教育委員会、果ては仲間の一部からさえも憎まれた日々。でも、私には、いつも私を理解してついてきてくれる生徒たちがいました。幸せでした。
今は、多くの人たちから見れば、私は、地位や名声を手に入れ、幸せでしょう。でも、私にとって、地位と名声は、多くの哀しみをもたらせました。せっかく私に相談し、ともに生きたにもかかわらず、私は、多くのいのちを失いました。
百人の人がいれば、百の幸せがあります。
ただし、その幸せを手にするには、一つ条件があります。それは、己を知り、その己の分相応の生き方をきちんと生きていくことだと私は思います。
かつて私は、その時々の自分に分相応の生き方を必死で生きていました。ですから、幸せでした。今の私は、自分の分を超えた、分不相応の生き方をしています。それが、人を傷つけ、いや殺し、自らを哀しみのそこに追い込んでいます。
そろそろもう一度自分を見つめ直し、迫り来る死の前に、一日も早く分相応の生き方に戻らなくてはならない。そう考えています。

来週は、北海道と京都、三重と回ります。四月になれば、京都の大学での授業も始まります。また、忙しい日々になります。

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